大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和35年(ワ)9941号 判決 1966年4月20日

原告 坂井三郎

被告 西羅光造

主文

別紙目録<省略>記載の土地は、原告の所有であることを確認する。

被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地につき、所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告

主文同旨

被告

原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  原告は、訴外水上きの代理人被告から昭和二七年七月二五日同訴外人所有の別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金坪当り金八、五〇〇円で買受け(以下「本件契約」という。)その所有権を取得した。

二  しかるに、被告は、本件土地が原告の所有であることを認めず、昭和二九年三月一二日本件土地を水上きのから取得し、同日付売買を原因とする所有権移転登記を経由した。

三  よつて、原告は、本件土地が原告の所有であることの確認および所有権に基づき被告に対し本件土地の所有権移転登記手続を求める。

(抗弁に対する答弁)

一  原告訴訟代理人(別訴被告訴訟代理人、以下「原告訴訟代理人」という。)が原告水上きの参加原告西羅光造、被告(参加被告)坂井三郎他七名間の昭和二八年(ワ)第七三四四号建物収去土地明渡請求事件、昭和二九年(ワ)第七一〇七号当事者参加事件(以下「別訴」という。)の昭和二八年一二月五日口頭弁論期日において本件契約を解除する旨の陳述をしたことは認める。しかし、原告訴訟代理人は、右解除の陳述に錯誤があつたのでこれを撤回した。すなわち、原告訴訟代理人は、別訴において当初、昭和二六年三月二六日に本件土地につき代金坪当り四、〇〇〇円なる売買契約(以下「前の契約」という。)が成立し、その後の昭和二七年七月二五日に締結した本件契約は、単に本件土地の代金を坪当り八、五〇〇円に改訂する契約であると誤信し、「前の契約」で定められた代金額を維持する目的で本件契約のみを解除する旨の陳述をしたが、その後「前の契約」が代理権の欠缺により水上きのに対して効力を生じないものであること、したがつて本件契約は単なる「前の契約」条件の改訂契約ではなく、独立した新たな売買契約であることが判明したので、昭和三四年四月三〇日別訴控訴審口頭弁論期日において右解除の陳述を撤回した。その経緯はつぎのとおりである。

本件土地とその隣地三四坪七合八勺は元一筆の土地であつて、そのうち隣地の形状は鍵形になつており、本件土地と合わせるときはほぼ矩形となる形の土地であり、いずれも水上きのの所有であつた。そして右隣地に借地権を回復した訴外望月松太郎とその賃貸人であつた水上きのとの間に、それぞれ訴外糀沢秀行および被告を代理人として、右隣地の売買契約が締結されていた頃、石川徳次郎は、このことを知らず、糀沢秀行を水上きのの代理人と信じて同人との間に昭和二六年三月二六日、本件土地および隣地を面積は五〇坪、代金は望月松太郎の借地権の価格をも含めて金二六四、〇〇〇円とする条件で買受ける旨の契約を締結し、その後同年六月一八日に石川徳次郎、糀沢秀行並びに被告より登記手続を委任された山本禎夫の間で代金を金二七二、三八四円に改めるとともに買主を原告に改めることに合意が成立したので、原告は、石川徳次郎を代理人として被告に対し本件土地および隣地につき原告に所有権移転登記手続をするよう求めたが、被告は、隣地のみについて原告名義の所有権移転登記手続をしたのみで、本件土地についてはあいまいな態度をとつて応じなかつた。そこで、原告はすでに同年八月頃、隣地と本件土地にまたがつて建物の建築に着手し、同年一〇月頃には右建物は完成した事情もあつたので、石川徳次郎をして本件土地の登記手続をするよう被告に厳重に督促させたところ、被告は右土地代金を坪当り金八、五〇〇円にすれば速やかに右登記手続に応じる旨申入れるに至つたので、石川徳次郎はやむなく昭和二七年七月二五日右値上げを承諾した。それにもかかわらず被告はその後も右登記手続をしないのみか、水上きのを原告とする別訴を提起するにおよんだので、原告訴訟代理人は右値上げ契約を解除し、従前の昭和二六年三月二六日締結の売買条件を維持するため、前記のとおり、別訴口頭弁論期日においてその旨の陳述をした。しかるにその後、「前の契約」について、糀沢秀行が水上きのを代理する権限を有せず、したがつて「前の契約」は水上きのに対しては効力をもたないことおよびその後昭和二七年七月二五日に締結された本件契約は、単に代金を改めるのみの契約ではなく、代金を坪当り金八、五〇〇円とする本件土地についての新たな売買契約であることが判明したので、原告訴訟代理人は、前述のとおり、別訴控訴審口頭弁論期日において、右解除の陳述を撤回した。

二  原告が本件土地につき所有権取得の登記を経ていないことおよび被告が昭和二九年三月一二日本件土地を水上きのから買受けその旨所有権移転登記を経由したことは認める。しかし、被告は、原告の登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者ではない。

1 すなわち、本件土地およびその隣地三四坪七合八勺はもともと被告自身が買受け、登記簿上の所有名義を元内縁の妻水上きのにしていたにすぎず、その管理、処分権は一切被告にあり、原告に本件土地を売渡すについても、すべての交渉を被告が行い水上きのは全く関与していなかつた。したがつて、被告は、本件契約の締結につき水上きのの単なる代理人ではなく実質上売主と同視すべき地位にあつた。

2 のみならず、被告は、原告が代理人石川徳次郎を通じ再々にわたり代金を準備して支払に応ずる旨述べて催告しても、所有権移転登記手続に応ぜず、本件土地附近所在の被告所有土地に関し訴外藪崎某との間に訴訟継続中であるから、右訴訟ヘの影響を考慮して、その訴訟代理人と相談のうえ石川徳次郎に登記の日時を通知すると約しながら、これをなさないばかりか、本件契約の成立を否認し昭和二八年夏頃、本件土地を訴外木村松男に賃貸し、あまつさえ水上きのをして別訴を提起せしめ、さらにその後自己に登記名義を移したうえ、別訴に当事者参加するにいたつたが、かかる被告の行為は、不動産登記法四条にいう「詐欺により登記の申請を妨げた者」、もしくは同法五条にいう「他人のため登記を申請する義務ある者」の行為に準ずべき背信的行為である。

第三被告の主張

(請求原因に対する認否)

一  請求原因第一項の事実のうち、被告が水上きのの代理人であつたことを認めるが、その余は否認する。

二  同第二項の事実は認める。

(抗弁)

仮りに本件契約があつたとしても

一  本件契約は、解除された。すなわち、別訴の昭和二八年一二月五日口頭弁論期日において、別訴被告であつた原告の訴訟代理人は、水上きのら訴訟代理人に対し、本件土地の代金を提供するも同人がその所有権移転登記手続をしないことを理由として本件契約を解除する旨の陳述をなした。

二  原告は、本件土地につき所有権取得の登記を経ていないから、昭和二九年三月一二日本件土地を水上きのから買受け、その旨所有権移転登記を経由した被告に対し、所有権の取得を対抗することができない。

(再抗弁に対する答弁)

一  再抗弁第一項について

1 原告訴訟代理人が別訴控訴審においてその主張の日に解除の陳述を撤回したことは認める。しかし、前記のような解除の意思表示を含む陳述を撤回するには、相手方の同意があるか又はその意思表示の取消原因を主張してはじめてこれが許されるところ、原告訴訟代理人はそれらの事由なく全く一方的に撤回したのみであるから、取消の効力を生じない。

2 のみならず、原告訴訟代理人は別訴控訴審において「前の契約」につき合意解除を主張して勝訴の判決を受けておりながら、本訴においては、「前の契約」は代理権の欠缺により効力がなかつたと主張するが、かように同一事項につき異る主張をすることは禁反言の原則に反し許されない。

二  再抗弁第二項について

被告が本件契約の成立を否認したこと、昭和二八年夏頃訴外木村松男に賃貸したこと、水上きのが原告ほか七名に対し別訴を提起したことおよび被告が右訴訟に当事者参加したことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、被告は水上と懇意な間柄にすぎず、同人より本件土地の管理処分について相談を受け、その売買についても、委任を受けて交渉に当つたにすぎない。また原告と水上との間に本件土地につき売買契約が成立したという認識が被告にはなかつたので原告の登記請求に応じなかつたにすぎないから、このことをもつて背信行為というは当らない。

第四(証拠関係)<省略>

理由

一、まず、被告は本件契約の成立を争うので、この点について判断する。

成立に争いのない甲第一、二号証ならびに弁論の全趣旨によれば、被告は、水上きのが原告ほか七名を相手方として提起した当庁昭和二八年(ワ)第七三四四号建物収去土地明渡請求事件に当事者参加し、本件土地上に建物を建築所有している原告に対し、本件土地が被告の所有であり、原告はこれを不法占有していることを理由として、所有権に基づき、建物収去土地明渡しを求め、これに対し原告は、本件契約の成立を主張して抗争し、本件契約の成否が審理の焦点となつて当事者双方とも、この点に立証を集中したが、結局一審裁判所は審理の結果本件契約の成立を認めて水上きのおよび被告の請求を棄却する旨の判決をしたこと、被告はこの判決を不服として控訴し、東京高等裁判所昭和三一年(ネ)第六〇号建物収去土地明渡請求控訴事件においてさらに当事者双方とも新たに証拠を提出して立証をつくしたが、控訴審裁判所も本件契約の成否を主要の争点として審理の結果本件契約が成立したとする原告の主張を認め、この判断を前提として被告の控訴を棄却する旨の判決をしたこと、被告は、この判決にも不服があるとして最高裁判所に上告したが、上告棄却となり、右控訴審裁判所の判決が確定したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によると、本件契約の成否は、すでに右別訴において当事者が主要な争点として主張立証をつくし、裁判所もこの点につき実質的に審理し、判決の決定的前提として判断した事項であることが明らかであるから、被告は、本件契約が成立したとする右控訴審裁判所の判断に拘束され、もはやこれを争うことは許されないものと解するを相当とする。けだし、確定判決は原則として主文に包含するものに限り既判力を有し(民事訴訟法一九九条)、理由中の判断は既判力を有しないことはいうまでもないが、しかし、理由中に示された判断であつても、それが判決の結論(主文)を導き出すための決定的前提となつたものであり、しかも当該訴訟における主要な争点として当事者間で主張立証をつくし、裁判所も実質的に審理した事項についての判断である限り、紛争の最終的解決を裁判所に委ねた当事者としては、信義則上、これを受忍し、かつ尊重すべきは当然であつて、後訴においてその当事者がこれに反する主張をし、もしくはこれを争うがごときことは許されないというべきであるからである。

二、つぎに、原告訴訟代理人が昭和二八年一二月五日別訴口頭弁論期日において、本件契約を解除する旨の陳述をしたことおよびその後昭和三四年四月三〇日別訴控訴審口頭弁論期日において右解除の陳述を撤回したことは当事者間に争いがないところ、被告は右解除の陳述は私法の形成権の行使としての解除の意思表示を伴うものであり、したがつてこれによつて本件契約は解除されたし、また、かかる解除の陳述の撤回は相手方の同意があるか又は取消原因がある場合においてのみ許され、任意の撤回はその効力を生じないと主張するので、この点について判断する。

上記のように、本件契約を解除する旨の陳述は裁判所に対する訴訟行為としてなされたものであるから、裁判を基礎づける以上の意味をもたず、私法上の解除権の行使としての意思表示を伴うものではないと解するのが相当であるが、仮りに右解除の陳述がかかる私法上の意思表示を伴う訴訟行為であるとしても、およそ訴訟行為の撤回は原則として自由であつて、ただ訴訟行為が自己に不利益な事実上の陳述である場合には相手方の援用後は裁判上の自白が成立し、その撤回につき一定の制約をうけるにすぎないものなるところ、別訴において、右解除の陳述が原告にとつて不利益な事実上の陳述であることは前示認定事実に照し明らかであるが、被告においてこれを援用したことを認むべきなんらの証拠もないから、右解除の陳述は自由であり、有効である。したがつて、この点に関する被告の主張は理由がない。

なお、被告は、原告訴訟代理人が別訴において「前の契約」は合意解除されたと主張しておきながら本訴においてはこれと異なり、代理権の欠缺のため効力がなかつたと主張するのは禁反言の原則に違反し、許されないと主張するが、禁反言の原則の趣旨とするところは、表示を信頼した相手方がその表示に基づいて法律関係を変動せしめた場合には表示者においてその表示に反するごとき意思表示をすることは許されないというにあるから、右のように単に訴訟上異なつた主張をしたにすぎない場合にまでもこの原則に違反するというべからざることはいうまでもない。

三、ところで、以上のとおり、本件契約により原告が本件土地の所有権を取得したにかかわらず、被告がこれを認めず、昭和二九年三月一二日本件土地を水上きのから取得し、同日付売買を原因とする所有権移転登記を経由したことおよび原告が本件土地につき所有権移転登記を経ていないことは当事者間に争いがないところ、被告は右原告の登記の欠缺を主張するので、さらにこの点について判断する。

成立に争ない甲第三号証、同第四号証の二、三、同第五号証の一、二および被告本人尋問の結果を総合すれば、水上きのは被告の内縁の妻であつたが、病身のため同人を扶養する者は被告を措いて他にないところから、被告は同人のために本件土地を含む付近約二〇〇坪位の土地を買受けて、同人名義で所有権移転登記をしその処分および管理一切を被告において行なつてきたことならびに上記のとおり本件土地を原告に売却するについても、その交渉の一切を被告自身が引受けていたことが認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、被告は、本件契約の締結につき水上きのの代理人とはいつても、実質上は、売主と同視すべき地位にあつたものというべきであるから、原告の所有権取得登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者に該当しないものと解するを相当とする。

四、そうすると、本件土地は、原告の所有であり、被告は、その不動産の登記簿上の所有名義人として真正の所有者たる原告に対し、その所有権の公示に協力すべき義務がある。

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例